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日本人がホーリー・グレイルを知らないと思うなよ - 福田組の『新解釈・三国志』予告編

本当に偶然なのだけど、大泉洋主演、福田雄一監督で12月に公開される『新解釈・三国志('20)の予告編を見た。いわゆる福田組(=福田雄一作品御用達俳優たち)勢揃いで、主演に福田組作品初出演となる大泉洋を迎え、福田雄一の新解釈で『三国志』の世界をコミカルに描く作品だそうだ。ふうん。

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ところがこの予告編の中盤、西田敏行が出て来たところで筆者は椅子から転げ落ちそうになった。彼が演じる現代の歴史学者が、「わたくしの新解釈では、こんな感じだったんじゃねえかな〜」と考えた筋書きを映像化したのがこの作品という枠組みになっているらしい*1おい待てよ。その発言は看過できねえよ!!!!!

 

 

筋書きがあまりに『ホーリー・グレイル』をなぞりすぎている

そもそも『ホーリー・グレイル』とは

モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル』"Monty Python and the Holy Grail" は、1975年にイギリスで制作・公開された映画で、B級映画の金字塔とも言える作品だ。モンティ・パイソン(以下パイソンズ)というのは当時イギリスで人気絶頂だったコント集団で、イギリス人なら誰でも知っていて、本国だけならず世界中のその後のお笑いに影響を与えたのだった。日本で言えばザ・ドリフターズみたいな立ち位置で、おまけに彼らがめちゃめちゃインテリだったという感じで理解していただきたい。

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実はパイソンズのメンバーは、アメリカ人のテリー・ギリアムを除いて*2、全員がオックスフォードかケンブリッジを卒業したインテリたちである。『ホーリー・グレイル』の製作では、オックスフォードで歴史学を専攻していたテリー・ジョーンズが中心となり、B級映画なのに時代考証が無茶苦茶正確というアホみたいな映画を作り上げた。製作費は常にカツカツだし、スコットランドの城に目を付けていたら当局に撮影許可を取り消されて、ある城の表から裏から中から外から使い回して撮影したという話まである。そんな苦労もどっこい、アーサー王物語をネタにしたこの作品は、製作費を補って余りあるくらいの大ヒットを収めたのだった。

mice-cinemanami.hatenablog.com - テリーJは今年のはじめに亡くなりましたが追悼記事で彼のキャリアを振り返っています

作品の元ネタは『アーサー王物語』

前節でもちらっと触れたが、映画はイギリスが誇る騎士道作品、アーサー王物語を元ネタにしている。アーサー王は侍従のパッツィが鳴らすココナツの殻を馬代わりに(?)、旅の合間に円卓の騎士たちを仲間とし、神の命によって聖杯探しを始める。しかしながらそこはパイソンズ、映画製作の第4の壁は破るわ、アーサー王キャメロットの馬鹿騒ぎ*3に辟易して素通りしていくわ(キャメロットアーサー王の国の都とされているのに)、無駄な殺戮合戦が繰り広げられるわ、と無茶苦茶な筋書きで物語が進んでいく。ほんと時代考証が正しい以外に何の取り柄もねえ*4

 

パイソンズ作品にありがちな通り、この作品にも唐突なインサートが何回も挟まれる。その中のひとつに、歴史学者のくだりというものがある。これまでの物語の歴史的背景について、「著名な歴史学者」が自らの研究成果を元に解説を始めるのだが……ってあれ?*5

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☜このシーン、単なるインサートのように思わせて、後半でめちゃめちゃ効いてくるから笑ってしまう

見てないとは言わせんぞ

でもまあもしかしたら、西田敏行の役柄も、何だか少し似たように思えるだけなのかもしれない。共通点は単に物語の外から研究者として俯瞰的に見ている役柄、というとこだけなのかもしれない。そうだそうだ。きっと奇妙な偶然だ。

 

……と言いたいのだが、残念なことにそうは行かない。実は『ホーリー・グレイル』には後話がある。

 

本家『スパマロット』もすったもんだ

映画版の製作から30年後の2005年、パイソンズのメンバーであるエリック・アイドル*6『スパマロット』"Spamalot" というミュージカル作品をブロードウェイに送り込んだ。この作品は『ホーリー・グレイル』の筋書きをあらすじに、アイドルの独自解釈/演出を盛り込んで膨らませ、2幕もののミュージカルに仕立てたものである。

SPAMALOT (OST)

SPAMALOT (OST)

  • アーティスト:PREZ & IDLE
  • 発売日: 2005/05/24
  • メディア: CD
 

 

ところがこの作品は、アイドルが「自分はパイソンズなんだから翻案も自由だろ」と言わんばかりに、メンバーの許可も取らずに勝手に仕上げたものだった。当然ながら我の強い他のメンバーは大反発し、アイドルは総スカンを食らったまま興行へ乗り込むことになる。結果的に大ヒットしてトニー賞*7まで獲ったからよいようなものの、そうでなかったら焼け野原なんじゃないかというくらいの嫌われっぷりだった*8。中でもジョン・クリーズ*9とは、アイドルが当初の予定を翻して、物語上重要な神の声(アーサー王に聖杯探しを命じる重要な役どころ)をクリーズに当てるはずだったのに、自分でさっさかやってしまったことから、大きな溝が生まれたほどだった。ほんと出てくるものだけ素晴らしいおじいちゃんたち!!!!!

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その上、アイドルが無理矢理(?)ミュージカル化したところ、本家映画版のプロデューサーがしゃしゃり出てきて権利を主張する羽目に。残念なことにパイソンズはこの裁判で敗訴してしまい、プロデューサーへの権利料支払を命じられる。2014年の復活ライブはファン待望の再集結だったが、実のところはこの時の負債が元だったとかいう大分生々しい事情もあって、ほんと場外で踏んだり蹴ったりな作品なのであった。

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日本での上演歴もあるのだが

そんな『スパマロット』だが、実は日本でも既に2回の上演歴がある。何なら来年はじめに再々演も決まっている。手掛けたのは、何を隠そう福田雄一だ。もう一回言うけど福田雄一だ。

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先述の通り、このミュージカルはオリジナルの映画版を元にして、アイドルが歌で膨らませた作りになっている。ブロードウェイのミュージカルは現地に行って英語で見なくちゃいけないけれど、既に字幕と吹き替えの付いた映画版があるのだから、製作の過程で見ない訳が無い。そういうことは2012年の日本初演時のインタビューでも垣間見えるし、何ならアイドルが来日した際に、福田雄一がガチガチに緊張していたなんて話まで残っている。見てないどころかファンの態度だ。

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おまけに『スパマロット』にはマルチという役がある。来年の上演ではシソンヌのじろうがやる役どころだ。その解説には次のように書かれている。『スパマロット』には歴史学者が出てくるのだ。余計知らない訳が無い。

マルチ

・役どころ【歴史学者
この物語の案内人として、イングランドの時代背景を解説。
唯一の現代人。
 * * * * *
・役どころ【ハーバート王子】
真実の愛を夢見る沼の城の王子。
自らの父により高い塔に監禁され、意思に反した結婚を余儀なくされている。

——『スパマロット』2021年版キャストページより

 

パイソニアンとして『スパマロット』は見ておきたい作品なのだが、再々演が決まった段階で、大分苦々しいものを感じていた。演者たちのコメントが「福田組作品に参加できて」というものに終始していて、まるで最初から福田組作品だったかのように塗り替えられた印象を受けていたからである(演者のコメントはここで読むことが出来る☞公式サイト)。そこに来てこれだ。いやダメだろう。筆者が穿ち過ぎなのか? いやそんなこともない気がする。

 

結論

誰が何と言おうと、イギリスで有名なアーサー王物語を歴史学者が解釈する、という『ホーリー・グレイル』と、日本でも多くの人が知っている三国志歴史学者が自己解釈する、という枠組みは似通い過ぎている。奇妙な偶然ならばよいのだが、福田雄一は既にその翻案である『スパマロット』を手掛けているのだから、状況は限りなく黒に近いグレーといったところだろう。

 

おい福田組、日本人が『ホーリー・グレイル』を知らないと思うなよ。折角ならば是非是非B級映画の金字塔、本家本元をご覧下さい!!!!!(おしまい)

 

関連:福田組 / 新解釈・三国志 / モンティ・パイソン / ホーリー・グレイル

*1:要するに西田敏行は脚本も書いた福田雄一アルターエゴになっているわけだ

*2:今や名監督(迷監督?)としても名高いテリーGだが、キャリアの始まりはパイソンズなのだ☞

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*3:ちなみにこの時に城の中で踊り狂われているのが、後述する「スパムがいっぱい」の曲、つまり『スパマロット』"Spamalot"である

*4:でもパイソンズ映画の中で1番すきなのはこれです

*5:ところで久々に見てやっと気付いたが、歴史学者の声はエリックか誰かがわざわざ吹き替えているのだなあ……

*6:余談だが、プログラム言語Pythonテキストエディタが「アイドル」Idleという名前なのは、開発者がエリックファンだったからと言われている。エリック好きなんてほんと狂ってるなあ(筆者が1番好きなのもエリック)。

*7:ミュージカル界最高の賞と呼ばれる、アメリカ国内上演の舞台演劇を対象にした名高い賞

*8:そこでいいもの作っちゃうのがパイソンズ、ひいてはエリックなんだよなあ……

*9:パイソンズ最年長メンバーだが、日本ではハリポタのほとんど首無しニックと言った方がよく通じるかもしれない

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