ちいさなねずみが映画を語る

すきなものを好きなだけ、観たものを観ただけ—

女性監督作品の先達ながら忘れられた一作 - 映画『WANDA/ワンダ』

1970年に制作された映画『WANDA/ワンダ』"Wanda" ('70)を観てきた。エリア・カザン2番目の妻だったバーバラ・ローデンが脚本・監督・主演の3役をこなし、当時のアメリカでは珍しかった女性監督作品となった。ヴェネツィア国際映画祭で最優秀国際映画賞を獲得したものの、本国アメリカでは忘れられた存在となり、近年グッチらの支援によって再発掘された作品である(cinemacafe.net)。配給のクレプスキュールにとっては設立以来配給第1作となったようだが*1、これからも良作を世に送り続けてほしいと思う。

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あらすじと背景

詳しい映画評は映画評論家に譲るとして(cinemore.jpのこの記事はよかった)、ざっとこの作品の背景を振り返りたい。

cinemore.jp

監督・脚本・主演の3役を務めたバーバラ・ローデン(Barbara Loden, 1932 - 1980)は、当時エリア・カザン*2の妻であり、カザンの作品にいくつか出演していた。「エリア・カザンの妻」というどこか添え物のようなイメージが先行する中、ローデンは新聞で読んだ記事に感銘し、『WANDA/ワンダ』の原型となる脚本を作り上げる。実はローデン自身も田舎で恵まれない幼少期を送っており(cinemacafe.net参照)、記事で取り上げられていた女性の姿に自らと共通するものを感じ取っていたのだった。紆余曲折を経てローデンが自らメガホンを取ることになり、当時のアメリカでは珍しい女性監督作品のロードショーとなった。国内での興収はそこまで奮わなかったようだが、シネマ・ヴェリテ(即興劇スタイル)らしい撮影手法や、アメリカの鉱山地帯に住む無力な女性を切り取った脚本は評価され、同年のヴェネツィア国際映画祭で最優秀国際映画賞を獲得している。

 

あらすじとしては、鉱山地帯で家庭も職も失った無学な女性ワンダ(演:バーバラ・ローデン)が、なけなしの財産を盗まれたところから始まる。偶然入った店で強盗のデニス(演:マイケル・ヒギンズ)と出会った彼女は、何故か彼の逃避行に付いていき、彼に付き従って銀行強盗をはたらくことになるのだった。

 

ワンダの学の無さはローデン自ら選んだものである

この作品で際立っているのはワンダの学の無さだ。彼女が機転を利かせるのは銀行役員の家に押し入るシーンだけで、それ以外は家事も仕事もできない残念な女として描かれ続けている。学が無いので金のために刹那的な関係を結ばなくてはならず(それでいて利用されたまま搾取される)、デニスにあれだけ詰られながらも、何故か彼に付いていくことを選ぶ。どうしてあそこまで、とは思うのだが、ワンダにはあれしか手段がないのだ。

 

この作品はワンダのような境遇の女性を新聞記事で読んだローデンが、これは自分の生活にひどくそっくりだと感じて脚本を書き始めたものだった。幼少期のローデンは親と別れて祖父母とアパラチアの山の中で生活することを強いられ、モデルやバーのダンサーといった仕事を転々とした末に女優業へ進んだ。幼少期の貧困に加えて、エリア・カザンが後年に書いた自叙伝からは、ローデンの性的魅力を目当てにしていた面があることと(カザンはローデンより23歳年上だ)、彼女を支配しようするも失敗したことが書かれている("Elia Kazan: A Life")。「こんなに横柄なのにどうして付いていくのか分からない」デニスとワンダの関係は、もしかしたらローデンが自分たち夫妻の有様を投影したものなのだろう。ローデンはカザンに劣等感を抱いていたというから、ワンダを無学な女性にしたのも、そうした劣等感の表れなのかもしれない。貧困に喘ぐ女性の生き様を描く上で、ワンダがあそこまで見放された女性である必要はないわけだから。

 

長回しと即興劇の多用で、思考の余地を与えるショットに

この作品のショットは今でも画期的なのではないかと思う独特な割付だ。ローデンは撮影の上で即興劇スタイルを好んだというが(どこかドキュメンタリー映画のようなシネマ・ヴェリテスタイルである)、それを行うためにショットは必然的に長回しになる。低予算映画なのも長回し多用の理由になるかもしれない(長回しが多い方がフィルムの切り貼りは少ないので編集は楽であろう)。冒頭、炭鉱脇の鉱石置き場を長々と歩くワンダのシーンは実に印象的である(復刻版オリジナル予告編の最後で観られる)。

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全てが計算され尽くしたショットと違い、即興劇的な撮影手法では、どうしても台詞や演技の行き来にテンポの波が出来てくる。感情的になればその分テンポは速まるし、押し黙ればゆっくりとしたテンポに戻る。そのテンポの揺らぎというものが、こちらに考える余地を与えるのだ。ワンダは何故デニスにどこまでも付いていくのだろう? 貧困から抜け出す手段はあれしかなかったのだろうか? 搾取され続けてもあの生き方を辞められないのは何故なのか? と……この点に関しては、『WANDA/ワンダ』公開直後のローデンが明確な答えを示している。

「つるっとした[訳註:"slick"には「如才ない」という意味もあり]映画が本当に嫌いで……信じられないほど完璧なので。見た目のことだけじゃありません。リズムであるとか、カット割り、音楽とか——とにかく全てです」(拙訳)

Barbara Loden: "I really hate slick pictures…. They’re too perfect to be believable. I don’t mean just in the look. I mean in the rhythm, in the cutting, the music—everything."——Wanda | The New Yorker

 

純粋に無学な女性が描きたかったのだろう

当時のアメリカでは女性監督作品は大変少なかったらしく(今ですら、という状況なのだから当然か)、1970年に鉱山地帯の女性の貧困を描いた今作は、フェミニズム作品と捉えられることもあったようである。しかしながらローデンは、後年のインタビューで製作時には女性解放運動など知らなかった、と述べている。

彼女は『WANDA/ワンダ』の後も映画制作に取り組みたがっていたようだが、長編映画としてはこれが唯一の作品となった。次作が作られなかった以上、ローデンの意図を深く読み解くことはなかなかに難しい。

 

しかしながら、『WANDA/ワンダ』に関する様々なインタビューから類推するに、彼女は無学な女性としての自身をスクリーン上に投影させることが目的であって、決してフェミニズムの枠組みの中に入りたかったわけではないと思う。結果として描いているのは女性である自らの姿なのだが、このふたつは明確に異なっている。ドキュメンタリースタイルの撮影方法を見るに、彼女は自分自身の姿を世に知らしめたかったのだ。ローデンの性別が男性だったとしても、彼女はワンダの性別を変えただけの、同じような映画を撮っただろう*3

 

おしまい

『WANDA/ワンダ』は2022年7月9日より全国各地の小劇場系で封切られ、現在も各地巡回中である。ローデンの次回作が得られなかったことは残念だが、今作は特段大きな波もないものの、ひとりの無学な女性の生き様について様々考えさせられる静かな作品である。配給のクレプスキュールには、今作のような良作を送り出すような配給会社になってほしいと思う。

関連:WANDA/ワンダ / バーバラ・ローデン / エリア・カザン

*1:字幕は全体にiMovieで作ったのかな?という気もしたが、有料フォントとか買えるような稼ぎになったら色々と変わってくるのだろう。ここからが始まりだ

*2:ギリシャアメリカ人の映画監督・演出家。晩年は赤狩り事件の密告で完全に干されることになるが、ローデンとの結婚期間はカザンに脂がのりまくった時期でもあった。息子のニコラス、孫娘のゾーイ、マヤも映画業界に進み、中でもゾーイ・カザンは俳優・脚本家として働く才女として知られている☞

*3:勿論映画の製作背景には、当時の映画・舞台業界で女性がある意味冷遇され、彼女も搾取を受けていたという事情があるわけで、その辺は複雑だが

連ドラくらいが丁度良かったのではないだろうか - 映画『異動辞令は音楽隊!』

相変わらず観たい作品があると平気ではしご映画する生活なのだが(何なら連ドラとか録画しておいて2日くらいで一気観するのが好きだ)、『ブレット・トレイン』とはしごして、『異動辞令は音楽隊!』('22)を観てきた。阿部寛演じる刑事一徹30年の男が、度重なる悪行の末に警察音楽隊に左遷されて、、、という話である。阿部寛がはまり役だろうなと思ったのと、吹奏楽経験者だったのもあって楽しみに観に行ったものの、正直に言うとあんまり嵌まらなかった。この辺は個人的な経験のせいなので、さっ引いて読んで下さい。

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あらすじ

刑事一徹30年の成瀬(演:阿部寛)は、事件解決のためならば恫喝や暴行も厭わない昔気質の警察官である。時代の流れに取り残されていることにも気付かず、妻は出て行くに任せて老いた母と生活する成瀬だが、ある日あまりの悪行に警察音楽隊へと左遷されてしまう。県内で起こるアポ電強盗捜査中の左遷に戸惑い、現実を受け入れられない成瀬だが、音楽隊での日々は少しずつ彼の姿勢を変えていくのだった……

 

!!! SPOILER ALERT! SPOILER ALERT! SPOILER ALERT! !!!
※この先には物語の核心に触れる記載の可能性があります※

 

  • あらすじ
  • ある意味ベタな設定ではある
  • 個人的に嵌まらなかったところ
    • 1. そんなにいじめなくていいし、許されなくていい
    • 2. 悪いがあんなには上達しないのだ
    • 3. 楽器の扱い
  • 唯一許さない人が、唯一諦める人なのだ
  • 連ドラくらいが丁度良かったのはないだろうか

 

ある意味ベタな設定ではある

まあ、ある意味ベタな設定ではある。冒頭の成瀬の暴言ぶりから、逆にラストがどうなるのかも想像はできる。展開としては特に想定外のことが起こるわけでもない。阿部寛が当たり役なのも想定の範疇ではある。恫喝する阿部寛を観るのは楽しかったし流石の名演でもあった。阿部寛自身は音楽が全くの初体験だったのでかなり戸惑ったとはいうが、それでもああやって吹替無しに演奏しているのは、流石だと思う。

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ところでキャスト陣の演奏に関して、「吹替無しの演奏!」と喧伝されていたが、少し事情は異なっている。作中の音楽は日本三大吹奏楽団のひとつシエナ・ウインド・オーケストラが務めていて、キャスト陣はこの音源に合わせて演技吹替無しで撮影を行った(音楽監督・小林洋平のインタビュー談)。とはいえキャスト陣も猛練習し、音源に合わせて実際に演奏しながら撮影したとはいうが(清野菜名は "In the Mood" のソロを吹きこなしたそう、またパーカスは吹き真似ができないので阿部寛らは見事だ)、折角シエナが噛んでいるのだから、シエナが噛んでるのはもっと宣伝していいと思うの!!!!!!*1

suisougakubu.net

 

ま、この辺をさっ引いても、アテレコなし!という点では言わずと知れた『スウィングガールズ』('04)があるので、目新しくはないのだが……

 

個人的に嵌まらなかったところ

以下ネタバレ続きます。☞

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僕らの知らないシンカンセンでの大立ち回り - 映画『ブレット・トレイン』

伊坂幸太郎『マリアビートル』のハリウッド実写化作品『ブレット・トレイン』"Bullet Train"('22)を観てきた。杜の都出身で長年伊坂幸太郎作品を読み漁ってきた人間として、色々どうなるのだろうと思って楽しみにしていた作品だった。日本人として「いやまあ……」と思うところはそれなりあったが、端的に言えば、おバカなアクション映画としては面白かったのではないかと思う。

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この作品は伊坂幸太郎のれっきとした原作があるので、あまり物語の筋書きには話を向けないようにする。しかしながら、原作との対比という点で細々したところには水を向けるので、一応ネタバレ記事にしておこう。

 

!!! SPOILER ALERT! SPOILER ALERT! SPOILER ALERT! !!!
※新鮮な気持ちで『マリアビートル』『ブレット・トレイン』を楽しみたい方は引き返して下さい※

 

  • 原作のお話 - 珍しく三部作になった伊坂作品のひとつ
  • ステインアライブで笑かすな
  • 米原駅以外何も合ってないネオニッポン
    • ホワイトウォッシングとかその前に
  • その点ではブラピは完全なる正解
    • 伊坂作品らしさが色濃く残るふたり
  • おバカなアクション映画と割り切って観たら楽しかった

 

原作のお話 - 珍しく三部作になった伊坂作品のひとつ

映画版の話をする前に、ちょっと原作である『マリアビートル』に触れておこうと思う。2010年に発表されたこの作品は、2005年の長編『グラスホッパー』の続編であり、前作同様に多くの殺し屋たちの思惑が交錯するクライムアクションである。自作の中で登場人物にゆるい繋がりを持たせている伊坂作品において、明確なシリーズとして描かれたのはなかなかに珍しいケースであった*1。伊坂が『ブレット・トレイン』公開に当たって受けたインタビューによれば(以下カドブン)、前作『グラスホッパー』の書評が芳しくなかったために、悔しさがてら設定を踏襲して書いたのがこの続編なのだという。その後2017年に殺し屋シリーズ第3作『AX』を発表しており、珍しく三部作になった作品のど真ん中であった。ありがとう芳しくなかった書評たち……

kadobun.jp

『ブレット・トレイン』は明らかに東海道新幹線をモデルにした超高速列車が爆速で駆け抜けていくが、伊坂の原作は盛岡停まりのはやて(東北新幹線)という何ともディープな路線が舞台だ*2。東北人としては、どんどんみちのくに入って行くからこその哀愁があるのが原作の良さだとも思うのだが、その辺はカドブンのインタビューで伊坂も残念そうにしているので目をつぶっておこう。

 

カドブンのインタビューによれば、今回の作品は、まず伊坂作品のハリウッド映画化という目標があって、そこから日本で映画化されていないものを選び、英語圏で出版したという流れなのだという。その結果、原作も英推理作家協会賞にノミネートされたわけであるが、これを機会に伊坂作品の面白さが世界でもっともっと広まればと思う。

 

 

この先はどんどんネタバレしていきまーす。

 

*1:この他にも『陽気なギャング』シリーズ、『死神の精度』に続編があるが、その他は多くが単発作品である。登場人物のゆるい繋がりに関してはファンブックなどに詳しいので紙幅を譲りたい☞

*2:新高速路線はやぶさの登場で消滅してしまったが、かつては各駅停車のやまびこに対する仙台経由の高速路線として君臨していた。現在も盛岡駅以北で運行されているものの、『マリアビートル』作中のような東京→仙台→盛岡路線は消滅している。なお、北行するはやてには仙台停まり、盛岡停まり、青森行きの3種類があったが、このうち盛岡停まりは、ここから秋田新幹線を分岐する隠れたハブ駅でもある

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コマちゃんのM-1が始まったんですゥ〜 #M-1グランプリ2022

もうタイトルそのままです。分量もそんなに書く気ないです。

 

 

コマンダンテM-1が始まりました。2008年結成なので今年がラストイヤーです。めっちゃ指折り数えました。15本折れました。えっ最後やん。最後やん。わたしがコマちゃんを追い始めて3回目にして最後のM-1です。にわかやんと思った人はこのロングロングステマにできなかった記事を読んで下さい。

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コマンダンテは優男がのんびり華大みたいな漫才をしてると見せかけて、賞レースではごりごりの変化球を投げてくる技巧派なのですが、今年もまた小技の光る漫才をしてるなあと思います。[小ボケと小ボケ]の掛け合いだけでなく、気付いたらボケとツッコミが入れ替わって「激やばのテル」になってるネタもすきなので*1、2回戦以降でそういう漫才も見られたらなというところです。因みに声めっちゃちっさいのでM-1の動画は是非めっちゃ音量上げて観てください。コマンダンテクラスタにとっては「動画観た後広告の音量で耳が死ぬ」のは日常茶飯事です。優しいので(?)埋め込みはコマンダンテまで飛ばしてあります*2

 

今年の1回戦ネタは新ネタ「カップラーメン」だったわけですが、実はこのネタは既にネタライブで下ろされていて、公式YouTubeで公開されています。M-1は3分のショートネタという制限があるので短めですが、実際には7分くらいあるネタのいいとこどりして賞レースで使っているようなので、どこが使われているのかなど比較いただけると幸いです。前のロングロング記事でも書いていますが、コマンダンテは本当に公式YouTubeが沼です。はまると無限にネタ観てられます。

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もうちょいつづく☞☞☞

*1:本人は認めませんが石井くんは結構激やばのエピソードをいくつか持っている国民の末っ子です☞

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*2:本当に音量の問題だけなので、優しい皆さんは普通の音量に戻して、他2組も観て下さい、、、

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どう見ても再発てんかんの時にどんな検査をすればよいのか

当直中にどう見ても再発てんかんの患者が担ぎ込まれてきたことがある。自院かかりつけで、元のてんかんも意識消失発作(というより、GTCS; 全身強直間代性発作)だったので、当院に搬送されてきたのだが、

  • 頓挫済
  • 意識清明
  • 明らかな外傷歴なし
  • 本人が採血大嫌いで検査したくないとだだをこねている

という状況で、何の検査をすればええねんとほとほと困り果ててしまった。はっきり言って「大丈夫そうですね、帰りましょう、」でもよいと思うが、(病院の性質上)そうもいかなかった。結局もやもやしながらいくつか検査をオーダしたのだが、心の整理がてら色々と書いておく。正直言って、いいスライドがあったけど知らないことにします。

 

ちなみにこれは頓挫した後のてんかんであって、重積だった場合は全く対応が違います!!!!!

 

  • 絶対にやるべきこと
    • 問診
      • 目撃者からの病歴聴取
      • 本人から聞くべきこと
    • 身体診察で分かること
      • Todd麻痺
      • 外傷がないか
      • 追加でいくつか
  • やってもいい検査
    • 血液ガス検査
    • 血液検査
    • 頭部CT
  • どう考えてもやらなくていいもの
  • 診察終了後、やるべきこと
  • おしまい

 

絶対にやるべきこと

問診

1に問診、2に問診。その後の検査を何もしないにしても、問診は絶対である。検査しなくてよくない? という直感を生んでくれるのも問診。問診is大事。

目撃者からの病歴聴取

1番重要。救急隊からの又聞きだと細かいところがもやもやになってしまうことがあるので、目撃者が救急車に同乗してくれば、目撃者本人から詳しく聞く。

ポイントとしてはいきなりGTCS; 全身強直間代性発作になる人はいなくて、大抵ぞわぞわとした始まり方がある(多くは全般発作ではなく二次性全般化である)。けいれんを見慣れていない目撃者は全身けいれんになってからのことばかり熱心に喋りがちだが、VEEG; ビデオ脳波モニタリングを熱心にやっている恩師の言葉を借りれば、「二次性全般化した後の話なんてどうでもいい」。どう始まったかが重要である。

 

その上で最も考えるのが、「lateralityを示すサインはあるか」という点である。例えば

  • 一方向を凝視した
  • 一方向性にぐるぐると回った ※てんかん原性側にぐるぐると回る
  • 片手のぴくつきから始まった
  • 急に喋れなくなった

などである。どちらか片方の症状から始まれば、てんかんの焦点がどちらの半球にあるか絞ることができる。脳卒中診療にあたる神経屋さんは「左右どちらかの症状というのは神経屋さんにとってキラーワードです!」と言うが、てんかん診療においても同じことが言えると思う。

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映画『ソー:ラブ&サンダー』の当てにならない感想さん

最近当直明けに映画を観に行くのにはまっているのだが*1GotG Vol.2.5と聞いたのでMCUの新作『ソー:ラブ&サンダー』"Thor: Love & Thunder"('22)を観てきた。というわけでこの記事はIWの記事並みに当てにならない感じでお送りする予定である。

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準備はいいかな〜?

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  • まだ続いていた「アスガーディアンズ
  • やぎさんゆうびん
  • アスガルドカメオ出演が進化してやがる
  • カメレオン俳優の本領発揮
  • いくらアスガルドでもその選曲はずるい
  • わがままボディゼウスにこれ以上の適任はいない気がする
  • 病気を乗り越えること、そして父娘の絆
    • 【ネタバレ】ジェーンのラストシーン
    • 【ネタバレ】それはずるいてクリヘム
  • おしまい

 

!!! SPOILER ALERT! SPOILER ALERT! SPOILER ALERT! !!!
※この記事には映画『ソー:ラブ&サンダー』のネタバレを含みます※
※でも、中身としては実にくだらないものです※

 

因みにこの記事のネタ元はかなりの割合 "Insider" に載ったこのインタビューです。

www.insider.com

 

まだ続いていた「アスガーディアンズ

今作にGotGが出演するというのは随分前から言われていた情報だし、そのために劇場へ足を運んだのだが、正直「アスガーディアンズってまだ続いていたの?(笑)」みたいな気持ちでげらげら笑ってしまった。弟ロキの死で自堕落ビール腹おじさんになった上に、絶妙にのんびりしてて話の通じないソー。いい加減ロケットちゃん(声:ブラッドリー・クーパー)かネビュラちゃん(演:カレン・ギラン)がしびれを切らすタイミングなんじゃないかと思っていたら、まさかの不思議ちゃんガールことマンティスちゃん(演:ポム・クレメンティエフ)すらちょっと引いてて笑ってしまった。つくづくこの喧嘩っ早いメンバーの中でよく一緒に旅をしてきたものです。

 

でも今作のソーはひと味違う。ムジョルニアに代わる新たな武器ストームブレイカーを使いこなし、ビール腹は丹念なRIZAPそぎ落とし、貫頭衣の下には鍛え抜かれた肉体を秘めて戦うのだった。「オレひとりで充分だ!!!」とばかりにぶんぶんとストームブレイカーを振り回すソー、……正直ビール腹時代よりめんどくさい!!!!!(笑) GotGだって大抵依頼主の話を聞いてないで無茶苦茶やるけども!!!みんな「おれだけでいいわ!!!」みたいなこと言うけども!!!*2

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*1:今まで何でやってなかったのだろうと思うものの、よく考えたらハイポ病院で給料も安いのに、無駄に仕事をして帰っていたのだった

*2:GotGのメンバーはならず者の寄せ集めなので、みんな自我が強くて自分一人で充分だと思っている……ネビュラが加わってもその辺のパワーバランスはそう変わらない

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観ていたのは70年代のはずだった - 映画『リコリス・ピザ』

前知識一切無しでリコリス・ピザ』"LICORICE PIZZA"('21)を観てきた。どれくらい前知識が無かったかって「監督ってPTA監督って呼ばれてるの? 保護者会?」というレベルである(失礼)*1。それでも、予告編に何故か引かれて、映画館に足を運んできた。結論から言うと、盛夏に観るのにぴったりの映画で、丁度6年前に『シング・ストリート』を劇場で観たときと同じ感覚を思い出した。サントラは70年代の音楽満載で、ファッションもその通りだけれど、この作品で丁寧に描かれる人間模様は、きっといつの世も変わらないのだと思う。

www.youtube.com - 個人的には斜陽と言われたMGMからこれが出て来たのが地味に嬉しい

あらすじ

子役としてのキャリアが長く15歳ながらいっぱしの大人ぶっているゲイリー・ヴァレンタイン(演:クーパー・ホフマン)。彼はイヤーブックの撮影で撮影助手として働いていたアラナ・ケイン(演:アラナ・ハイム)を口説き落とそうとするものの、10歳年上のアラナは戯言だと一蹴する。とはいえ何かが気になったアラナはゲイリーの誘いに乗ってしまい、ふたりのどこかいびつな関係が始まる。

 

商才に溢れたゲイリーは高校生ながらウォーターベッドの販売会社を立ち上げ、アラナはゲイリーのビジネスパートナーになる。アラナは「ガキ」なゲイリーをそっちのけにしてボーイフレンドを作ろうとするが、ユダヤ系で硬派な実家に合わせられる彼氏は見つからない。女好きなゲイリーの言動を見ながら、どこか複雑な感情を抱くアラナ。彼に反発して行動を起こしてみるが、気付けばゲイリーに引かれて/惹かれていくのだった……

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監督自身が過ごした1973年

www.gqjapan.jp本作を手掛けたポール・トーマス・アンダーソン監督は1970年生まれで、舞台となったロサンゼルスの一地区も、彼が生まれ育った町なのだという。舞台は1973年なので、アラナやゲイリーのような青春を過ごしていたかというとそこは少しおませさん過ぎるが、ウォーターベッドを売る子供たちや『屋根の下』の子役の中に彼がいたのかなと考えると面白い(背伸びのような口説きをするゲイリーを、更に小さい子どもが背伸びして見ている格好になるので)。本編を観ながら、途中でこれは『シング・ストリート』を観ていた時のあの感情だと思い出した。こちらもジョン・カーニー監督が自身の幼少期を投影した作品だからだ(そして勝ち気なガールが出てくるのも一緒である)*2

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バンド活動が中心に据えられた『シング・ストリート』と同じく、この作品も時代に合わせた珠玉のサントラで彩られている。アンダーソン監督作品を数多く手掛けてきたジョニー・グリーンウッドが音楽を担当し、1970年代の作品を中心に物語を飾っていく。1970年代初頭の音楽が映画館にて爆音で流れるのは爽快な体験だった。因みに作品名は実在したLPレコード店から取られているらしい(リコリスは黒くてピザは平べったく円形なので、ふたつ合わせると"LP"になるという寸法だそう)。

——サントラほしいなあ〜誰か買ってくれないかなあ〜(他力本願モード)

 

観ていたのは70年代のはずだった

というわけで、監督が自分の地元を描きつつ、当時の「今ツボ」な音楽を流しながら進めていく物語、のように見えるが、実はそうでもない。確かに出てくるエピソードは70年代そのものなのだが(LAに出店しようとする和食レストランとか*3オイルショックがもろに影響してくるところとか、同性愛嫌悪の話とか)*4、実際にはもっと普遍的な、男女の間の甘酸っぱい恋模様を描いているように思える。アラナとゲイリーの年齢など関係無いように、年代もすっかり超えて普遍的な何かを描いている気がする。

 

正直なことを言うと、この作品は1973年の1年余りを描いているはずなのだが、途中から年代なんか忘れてしまい、アラナの複雑な心境に思いを寄せてしまった。遊び人のゲイリーに抱く複雑な感情も、女性であるが故にどこか利用されている感じも、硬派な実家で窮屈に感じているがうっかり爆発してしまうところも*5、時代がちょっと違うだけで、現代にも通じるところがあると思う。

 

25歳というのが憎い演出である

アラナの年齢が25歳というのも絶妙なところだ。ゲイリーが口説き落とすには少し年上であるものの、若さと安定の丁度狭間にある、難しい年代である。女性の歳はクリスマスケーキ、という古いネタがあるが*6、アラナの年齢はまさにドンピシャである。自分もその歳を越えて思うのは、学生というモラトリアムを抜け、自分の基盤をどこか見つけなければいけないと思いながら、まだまだ挑戦したいという複雑な感情である。しがない撮影助手の仕事を捨て、ゲイリーとのベンチャー事業に飛び込むアラナも、どこか似た感情を持っていたに違いない。その後ワックスの選挙運動を手伝うのも、同じ原動力だと思われる。

 

アラナは時にゲイリーをびしっと導くかっこいいお姉さんである。例えばうっかり誤認逮捕されたシーンとか。石油危機勃発のシーンとか、その後の長回しトラックシーンとか。それでも、実は硬派な家族の中で少し窮屈な思いをしている。敬虔なユダヤ教徒であることは否定しないものの、交際を巡っては父や姉たちとぶつかってしまう。ビキニで売り子をするのもその反動だと思われる。しかしながら、このシーンでとても酷なのは、直後にゲイリーが遊び人である様を目の当たりにし、自分と彼の年齢差を突きつけられてしまうところである。こういうところもとても憎い演出だ。25歳という絶妙な年齢故に。

 

関係者たちのエピソードも盛り込まれた丁寧な脚本

というわけで物語の筋書きは現代にも通じる不思議な普遍さがあるのだが、それもそのはず、この作品には関係者たちのエピソードが数多く盛り込まれている。

この辺の話は公式パンフなどから拾っています

 

主演であるアラナ・ハイムが真っ先に挙げていたのが、家族での夕食会にランスを連れてきてめちゃめちゃ気まずくなるあのシーンである。この話はハイム家の実話で、何の気なしに監督へ話したエピソードが映画の脚本に盛り込まれていたのという。

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そう言えば彼女の役名も本名と同じ「アラナ」だが、姉2人・両親として出演しているのは彼女の実際の家族である(そして姉2人の役名も本名と同じである)。彼女は元々3姉妹でバンド「HAIM」を結成しているが、幼い頃のアンダーソン監督がハイム姉妹の母に美術を習っていた縁から、彼はHAIMのMVを数多く手掛けていた。アラナ・ハイムは今作がスクリーンデビューであるものの、お初感が無いのも、MV撮影を通して監督と育んできた良縁のおかげかもしれない。

 

またクーパー・ホフマン演じるゲイリーのモデルになったのが、実在の映画プロデューサー、ゲイリー・ゴーツマンである。アンダーソン監督とは旧知の仲であり、今作を制作するにあたり、実際の1973年の雰囲気をよく知るゴーツマンからインタビューを重ねたのだという。ゴーツマン自身も子役経験があり、作中のゲイリーと同じような年代の頃、実際にウォーターベッド会社を設立したり、解禁されたばかりのピンボール場を作ったりしていたのだという。因みにウォーターベッド会社時代には、ブラッドリー・クーパー演じるジョン・ピーターズの家に配達に行ったこともあったそう(今作のプロットに使用されている)。

 

おしまい

ともすれば懐古趣味になってしまいそうな主題の中で、アンダーソン監督はどんな時代にも通じる複雑な人間関係の妙を描ききった。時代を問わず様々な人々の実話が投影されることで、人物感に深みが生まれているのだと思う。熱い陽射しが照りつける盛夏に観るのにぴったりな映画だった。映画館に足を運んでよかった。

 

映画『リコリス・ピザ』は2022年7月1日公開。字幕翻訳は安心と信頼の松浦美奈さん!*7 皆さんも是非映画館に足をお運びください。うっかり筆者にサントラ買ってくれると嬉しいです(誰宛?)。(監督のフィルモグラフィ眺めてたら『マグノリア』の監督かぁーーー!にもなったのでそちらでもよいです)。

 

関連:リコリス・ピザ / アラナ・ハイム / クーパー・ホフマン / ポール・トーマス・アンダーソン

*1:アーッでも今思いだしたが『ファントム・スレッド』の監督かーーーーー!(ダニエル・デイ=ルイス俳優引退作となったファッション業界の闇を描く2017年の映画)。

ファントム・スレッド (字幕版)

ファントム・スレッド (字幕版)

  • ダニエル・デイ=ルイス
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*2:但し、自分の人生をイキリ彼氏に委ねてしまうラフィーナと違い、アラナはやや流され気味だが自分の人生は自分でもぎ取っている→

宙 船(そらふね)

宙 船(そらふね)

  • YAMAHA MUSIC COMMUNICATIONS CO., LTD.
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——「その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな」……

*3:実はこのシーンでジェリーが喋る日本語イントネーションの英語が叩かれていたようなのだが、日本語台詞のイントネーションがめちゃめちゃ綺麗だった(日本語としてクリーンだった)という事実だけでも賞賛されていいとは思う。あのBTTF2でも「シャチョサン! コンニチハ!」が当たり前だったのがハリウッドなので→

(あと色々言われていたけど、ミオコは英語リスニングは充分理解してたよね?と思うなど……)。

*4:あとはどうでもいいが、Tシャツを着たアラナの乳首の形がモロバレなのがあの時代の野暮ったいお姉さんという感じで時代感を出していると思う(一方でミニのワンピースの可愛いシーンも沢山あるのだが)。

*5:因みにぎくしゃくした夕食の後、ランスに激昂するシーンはアラナ・ハイムのアドリブなんだそう

*6:古すぎるけれど、周りもみんな大学に6年いるのが当たり前の環境だったので、いざ就職してみるとそういうことをよく考えてしまう

*7:そういう意味もあってCMBYNとか思い出すあれでしたね……

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